2023年

会計士がオススメする経理・会計・給与業務のDXとは

最近、バックオフィスを効率化するSaaSも増えてきている事もあり、経理・会計・給与領域をDX(デジタルトランスフォーメーション)により効率化したいという経営者の方は増えてきています。しかし、実際にDXを進められている企業は多くありません。そこで、今回は中小企業の経理をDX化するためのステップを会計士目線で解説致します。


1. 経理・会計業務のDX導入における課題とは

 中小企業では、いまだに紙の証憑類や手作業が多く、DXが進んでいない企業が多いと言われています。それにもかかわらず、中小企業のDXが進まない最大の理由は、会社単独でDXを進めて行くことに限界があるためと思われます。なぜなら、経理をDXしていくには、その前提として経理業務の理解、会計税務制度の理解、そして導入システムの理解という知識面の前提条件が揃っている必要があります。さらに昨今は、自動仕訳やデータ連携を活用するツールが増えているため、周辺システムや連携ツールの理解も必要となってきます。経理業務のDXを行うだけでも、前述の知識を持ったうえで、自社にとってどの順番でDXを進めていくのが一番効果的なのかを総合的に考える必要があるのです。


 それだけでも経理・会計業務のDXがいかに大変かは伝わったかと思いますが、上記を踏まえてシステムを導入すれば、それでDXが進む訳ではありません。「会計事務所に勧められてクラウド会計システムを導入したものの、何も教えてくれないので、ろくに使いこなせていない。どうにか使えるように案内して欲しい」という相談が私のところにもよくありますが、新しいシステムを使いこなすには、システムを使う側の人材の教育・育成が必要になり、この人材育成をしっかり行うことができるかどうかが、生産性と付加価値の高い「DX経理」に改革できるかどうかの分水嶺になります。


 このようにな観点があるため、経理のDXを推進していくうえでは、会計税務やシステムを十分に理解しているDX支援者がいるかどうかは重要なポイントになります。残念ながら、財務経理分野での主なDX支援者の1つとして想定される税理士の過半数は60代以上であり、ITリテラシーの高い税理士を探すことがなかなか難しいです。しかし、最近では若手税理士を中心にIT支援を積極的に行っている税理士事務所も出てきておりますので、セカンドオピニオンとしてIT導入支援を積極的に行っている税理士事務所に相談してみて判断なさることをお薦め致します。


 伴走支援してくれるサポーター税理士さえ見つかれば、中小企業におけるDXは一気に進みます。もちろん簡単とは言いませんが、レクチャーと実践を繰り返しながら、少しずつステップアップしていけば良いだけになります。経理担当者の顔色を見ながらDXの階段を着実に一段ずつ登っていけば、1~2年もするとかなりのレベルに達することができ、最終的には、経理担当者がITシステムを使いこなせる人材になり、経理・財務に生まれ変わるきっかけとなります。ぜひIT支援に積極的な伴走支援者にサポートしてもらい、時代に合わせた経理改革を進めて行きましょう。


 なお参考までに、以下にサポーター税理士を探す際の主なポイントを挙げておきます。


(1) 相性が合っているか


 この点を気にされる経営者の方は多数いらっしゃいます。人間同士ですので相性の良し悪しがあるのは仕方がないと思います。また相性がいまいちであっても、業務上の相談には適切に乗ってもらっていて会社が助かっているということであれば、ビジネス上の関係と割り切って付き合い続けるのも一つの方策です。なぜなら人間的に相性が良く、自社のビジネスに貢献してくれる税理士を見つけられるとは限らない為です。

 なお、税理士との相性がどうしても良くない場合の対策としては、担当のスタッフの人を中心にサービスを受けるのが良いかと思います。


(2) 税理士やスタッフと会う頻度は適切か


 税理士や事務所スタッフとの定期的なコミュニケーションがほとんどがなく、1年に数回しか会わないとか、訪問しても20~30分で帰ってしまうという場合には問題がある可能性が高いです。通常、このようなサービス状態であると、会計税務上でも問題が発生することがあり、それを契機に顧問契約の見直しを検討した方が良いケースは少なくありません。


 接触が少ない理由は様々あるかと思いますが、税理士側から見てみると、会ってもいないのに文句も言わず顧問料を支払い続けてくれてのであれば、こんなに楽なことはありません。そうであれば「触らぬ神に祟りなし」として、放置しておくのが得策という考えになっている可能性が高いと言えます。中途半端に会社に接触すると、かえって解約リスクも出てくるので、できるだけ接触しないという行動様式になってしまっているケースがあります。


 コミュニケーション頻度が少ない税理士への対策としては、まず税理士に対してコミュニケーションを取るように依頼し、できれば毎月訪問するなどの顧問サービスの具体的内容を取り決めるのが良いでしょう。訪問時に証憑書類をチェックする、決算予測をする、会計システムの新機能を説明する、税制改正の情報提供をする、等の内容を会社主導で決めて約束事(契約)とするのが良いと思われます。もし税理士が約束したサービス提供をしないなどの場合には解約すると伝えたうえで、改善の機会を持つのが一つかと思われます。


 会計事務所が何をすることにより顧問料を支払うのかを明確に定義づけすることは会社として有効なことだと思います。もし税務問題が起きてしまってから税理士のせいにしても会社としては問題解決になりませんので、積極的に対応をしてくれるよう主張すべきと思われます。もし、税理士との関係上、そのような改善要望を突き付けられない場合には、税理士変更の検討も会社として必要なことだと思われます。


(3) 税理士にサービス精神はあるか


 税理士の態度が横柄であったり、税理士に相談すると叱られるなど、コミュニケーションの内容に問題があるケースも珍しくはありません。税理士が怖くて相談ができなくなり、言われるがままになっている…という事例も実際に存在します。会社自身でもすでに問題を認識しているレベルと思いますが、関係改善をしっかり検討しないと行けない状態です。


 対策としては、上述の(2)のケースと同様、顧問契約の内容を具体的にし、どのようなサービスを税理士がすべきかと明確にすることが重要です。契約上、双方は対等であることを明確にし、場合により、服務規律・サービス態度・円滑な業務遂行について明記することも対策になるかもしれません。


 また、顧問サービスは相談がしやすいかは重要事項となりますので、コミュニケーション問題が改善しない場合には、会社として税理士変更の検討も必要なことだと思われます。昔とは違い、最近は税理士にもサービス精神が必要な時代であり、若手税理士を中心に、非常にサービス精神が高い税理士は少なくありません。それらの税理士への変更に目を向けることも対策の一つと考えられます。



2. DXにより効率化できる業務とは


 経理・会計業務のDXのゴールとしては、誤解を恐れずに言えば、会計システムでの自動化を見据えて検討することが望ましいと思われます。単なるシステム導入=DXではないのは言うまでもないですが、給与仕訳や売上仕訳がシームレスに会計システムに連携することを予め想定して、全体を構築していかないと、上流がデータ化しても連携がうまくできず下流で手仕訳をしているようではDXとはいえません。そこで、以下では、まず会計システムを先に解説し、そのあとに周辺業務システムについて解説します。


 会計システムを検討する際に、最初にクラウド会計システムが良いのか、スタンドアロン会計システムが良いのかで迷われることがあるかと思います。結論から言うと、中堅企業であればクラウド会計システム、中小零細企業であればスタンドアロン会計システムが良いのではないか、と思います。理由としては、月額5万円以上となる高機能なクラウドシステムは中堅企業のニーズにマッチしていますが、安い廉価なクラウドシステムだと反応速度が遅くストレスがあるうえに、クリックするためにいちいちキーボードからマウスに手を移動させる必要があり、処理スピードが落ちるという弊害が起きるためです。これがスタンドアロン会計システムだと、ファンクションキーが使えるためマウスを使う事なくキーボードのみで処理ができ、かつキー入力スピードに負けない反応速度がありますので、ストレスなく経理ができると思われます。ついクラウド会計システムの「簡単・便利」という広告宣伝に目が行ってしまいがちですが、クラウド会計システムでは実現できないキー入力機能などがスタンドアロン会計システムにはありますので、必ずしもクラウド会計システムが最善であるとは限らない点に注意が必要です。


 なお会計システムで経理DXを推進する場合に、最低限どこまで出来ていれば良いのか?と思われるかもしれません。そこで、以下では、簡単かつ効果が高い機能をいくつか取り上げ、DX導入のゴールのイメージを解説したいと思います。


 1つ目の代表例は銀行口座のフィンテック(FinTech)連携による業務効率化です。会計仕訳の40%相当は、銀行口座の入出金仕訳と言われており、ここが自動化できれば、業務効率化にかなり大きなインパクトがあります。従来は、銀行口座記録を見ながら大量に入力するため入力ミスが出やすく、チェックにも注意力と労力を要していたと思います。これが、会計システムのFinTech機能を活用すると、銀行口座データが会計システムにそのまま取り込まれますので、金額の入力やチェックという労力からまず解放されます。またAI仕訳学習により、一度学習するとは次からは取引先や勘定科目が自動的に配置されるようになりますので、入力作業の業務効率化が図れます。


 2つ目の代表例はExcelからの仕訳読込機能による業務効率化です。ほとんどの会社には、いわゆるExcel資産がたくさんあり、経理・総務が「Excel地獄」に陥っている企業は数え切れません。企業によっては、Excelに入力整理したうえで、再度、会計システムに同じ内容を入力する「重複入力」が業務効率化を阻害しているケースもあり、経理DXの本命の一つとなります。


 以上の2つだけでも相当の業務効率化になる会社が多いと思います。ゼロから導入するのは難しい面もあろうかと思いますので、慣れている税理士事務所等にぜひサポートしてもらい、最初の1つ、2つを教えてもらえれば、操作自体は簡単ですので、あとは自社でできるようになるかと思われます。ぜひ取り組んでみて頂ければと思います。



3. システム連携による周辺領域のDX~給与計算~


 前述のDXに加え、DXできる業務領域としては給与計算があります。給与計算は、様々な支給項目と控除項目、支払タイミング、そして従業員負担分と事業主負担分とに分かれて、仕訳の難易度が高いです。また実務上は、勤怠時間の転記ミス、残業賃率の計算間違いなど、手作業での混乱も起きやすく、経理の弱点となっているケースもあり、DXする価値が大きい業務領域といえます。ここでは「給与計算DXの3ステップ」として①勤怠DX、②計算DX、③仕訳DXとに分けて解説していきます。


 まず①勤怠DXです。勤怠はExcel集計や手集計のため煩雑になったり、ミスが生じたりしている場合があります。この場合は勤怠システムを導入し、勤怠時間や休暇管理をシステム集計したうえで、給与計算システムに勤怠データ読み込みをすることで転記ミスを削減することができます。勤怠システムでのお勧めはクラウド型の勤怠管理システムです。従業員各自がPCやスマホから、いつでもどこからでも出勤・退勤・有給申請などをすることができるようになります。管理者側もタイムリーに申請承認したり入力状況のチェックや印刷などが可能となりますし、残業アラートや有給消化アラートなども出せるシステムもあります。他にも様々な勤怠管理システムがありますが、いずれにせよ、会社にマッチしたシステムを導入し、データによる集計や転記の自動化が、勤怠DXの第一歩となります。


 次に②計算DXです。給与計算では、勤怠データを利用して、残業時間に割増賃率を乗じて残業代を自動計算するようにシステム内で計算式を組みます。またパート・アルバイトの時給計算についても勤務時間に時給を乗じる計算式を組んで自動化します。これらにより残業代等の計算ミスがなくなり正確になるとともに、自動化しますので作業時間も一気に短縮されます。給与手当が固定給の会社の場合には、勤怠データさえ読み込めば、ほとんど給与計算が終わると言ってよいほど自動化される場合があります。


 ここまで出来ている場合は、さらに給与明細書についてもDX(電子化)すると良いでしょう。給与明細を封筒に入れる会社はその手間、郵送する会社は郵送代がかかりますし、絶対に間違えずに渡さなければならないプレッシャーなど目に見えないストレスがあります。これをWEB給与明細にすることで、ボタン1発で全社員のメールアドレスに発信されますので作業時間が一気に短縮化されるとともに、配布ミスなどのヒューマンエラーも起こりませんので担当者のストレスも削減されます。せっかくDXを推進して給与計算までシステム化・自動化したのであれば、最後の給与明細まで電子化することをゴールにして頂ければ良いのではないでしょうか。


 最後に③仕訳DXです。給与計算が終わったあと、最後に会計システムにて給与仕訳を入力する必要がありますが、給与計算システムでは仕訳データを生成する機能が一般にありますので、これを利用して、会計システムへ給与仕訳を連携させ自動化させると良いでしょう。ただし、給与計算はあくまでも従業員分の計算結果だけであり、社会保険の事業主負担分等については、会計システムで手仕訳する必要がある場合がありますので、ご注意ください。給与計算仕訳は難しく、苦手にしている経理担当者も多いですので、できれば給与自動仕訳ができると負担感が軽減されるでしょう。


4. システム連携による周辺領域のDX~販売管理システム~


 BtoBなどで毎月請求書を発行しているような会社の場合、販売管理システムを導入して、請求書作成をExcelからシステム化してDXするのがお薦めです。販売管理システムにより得意先、商品などがマスター設計され、請求書作成が効率化するとともに、売上データや入金データを、会計システムに連携し自動仕訳することができ、会計も効率化されます。日次で会計システムに自動仕訳すれば非常にリアルタイムに業績が把握できるようにもなるでしょう。また、販売管理システムにてFinTech(銀行データ受信)もできますので、回収管理や売掛金残高管理がタイムリーにできるようになります。さらに、本部のほかに各支店や支部で請求書発行をしている場合にスタンドアロンの販売管理システムを導入すると、本部や各支部がお互いをリアルタイムに見ることができないため、それぞれ独自の処理文化を発達させてしまい、意思統一に難儀するケースがあります。このような場合には、クラウド販売管理システムを導入し、マスター設計を全社統一して制御することで、本支店間の処理統一や意思統一を図れるようになり、DX効果が大きく発揮される場合があるでしょう。



5. DXに貢献できる経理人材の採用・育成


 DXにより、経理・財務の処理スピードがあがりつつ正確性も向上する「スマート経理」が実現します。ただ先にも述べたように、システムさえ導入すれば次の日から一気に業務が改善されるわけではありません。システムを使いこなすための「人材」の教育・育成が必要であり、そのためDX経理の完成には多少の時間がかかります。逆に言えば、人材教育がしっかりできるかどうかが、DX経理の最重要ポイントと言えます。



 したがって、DXにあたりIT投資が必要となりますが、そのIT投資に際しては注意が必要です。たとえばITベンダーから直接購入した場合には、「売りっぱなし」でフォロー無しというケースが多いです。カスタマーサクセスチームが質問に回答してくれたり、活用方法を教えてくれることはありますが、根本的に自社のDX人材育成にはつながらない為、そのままでは自社のDX経理に黄色信号が灯ります。このような場合には総じてDXに失敗するか、限定的なシステム化・IT化になってしまうケースが多いと思われます。具体的には、一部のボタンを押すだけの単純な使い方しかできないとか、バージョンアップに対応できず便利な使い方を知らずにいるケースなどです。


 一方で、ITベンダーの代理店やサポートをメインとする会社・税理士事務所から購入した場合には、IT投資が人材育成費用に置き換わります。サポートする会社としても、企業側の担当者を育成しないと自社の仕事が減らない為、経理が、新しいITシステムやツールを使いこなせるようにサポートしてくれます。そうなってくると、自社の経理人材も従来業務を短時間・高品質で処理しつつ、余った時間でより付加価値の高い業務へシフトしていけるようになります。このように考えると、IT投資では、人材育成機能付きのサービスであるかどうかが投資決定のポイントになるべきではないか、と思われます。



6. これからの経理・財務


 DXという言葉は一過性のバズワードのようにも見られがちですが、経理・財務の分野は、これからますます電子化・IT化が進んでいきます。インボイス制度では、請求書の完全な電子化(電子インボイス)の導入により、証憑の電子化、会計システムとの連携化が進むことが見込まれています。またクラウド化やデータ読込みなどの技術革新により周辺システムとの連携・連動もますます強化されていくことが予測されます。


 このため、中小企業でも時代に乗り遅れることないようDX投資を躊躇なく実施していくことが、競争優位の源泉の一つとなっていきます。今後も、DXへの投資が必要になりますが、国としても中小企業の生産性向上を支援するため「IT導入補助金」を整備し、会計システムや販売管理システムなどの導入に補助を出しています。これらを活用するなどして経理財務のDXを検討すると良いでしょう。



無料相談承ります


 税理士法人山岸会計では上述のような経理のDXの相談にも乗っております。初回相談は無料でお受けしておりますので、もし「自社の経理業務をDXしたい」というお気持ちがある経営者の方や経理責任者の方がいらっしゃいましたお気軽に一度ご連絡頂けますと幸いです。


 ※相談したからといって弊事務所に顧問税理士を依頼する必要はございません。


消費税インボイス制度開始に向けて準備しておくべきこと

※本稿は令和5年税制改正前に執筆したものになります。税制改正大綱により免税事業者への緩和措置などが公表されております。インボイス制度の準備や実務に当たっては令和5年税制改正内容をご確認のうえご対応ください。


2023年10月1日から、消費税についてインボイス制度が導入されます。中小企業にとってどのような準備が必要となるのか、実務対応の観点から解説します。


1.インボイス制度とは

 インボイス制度とは、一言で言うと、「適格請求書(以下、インボイス)により売買当事者間で消費税情報をやり取りする制度」です。インボイスとは、売り手が買い手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝えるもので、一般的には請求書を指します。


定義上は消費税の仕入税額控除の方式となりますので、仕入側、つまり買い手側の話ということになりますが、買い手の話さえすれば良いかと言うと、そうではありません。買い手が請求書を受け取るには、そもそも売り手が請求書を正しく発行することが必要であり、つまりこのインボイス制度は、売り手・買い手を含む中小企業者すべてに関わる話、ということになります。


このインボイス制度の理解のポイントとしては、売り手側の話をしているのか、それとも買い手側の話なのかをその都度意識し、混同しないことです。


それでは早速、見ていきましょう。


<売り手側の義務>

 売り手は、取引の相手方(課税事業者)から求められた場合には、インボイスを交付する義務が新たに生じます。また、交付したインボイスの写しを保存する義務も課されることになります。交付したインボイスに誤りがあった場合には、修正したインボイスを交付しなければなりません。


<買い手側>

 買い手は仕入税額控除の適用を受けるために、原則として、売り手から交付を受けたインボイスの保存等が必要となります。それ以外にも、自らが作成した仕入明細書等のうち、一定の事項(インボイスに記載が必要な事項)が記載され、取引相手の確認を受けたものを保存することで、仕入税額控除の適用を受けることもできます。



2.インボイスとは

 インボイス(適格請求書)とは、「売り手が、買い手に対し正確な適用税率や消費税額等を伝えるための手段」です。「手段」とある通り、一定の事項が記載された請求書や納品書その他これらに類する書類を指し、書類の名称は問いません。単一の書類である必要はなく、たとえば請求書と納品書等、複数の書類を組み合わせてインボイスとすることも可能です。


 インボイスの記載事項


① 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号

② 取引年月日

③ 取引内容(軽減税率の対象品目である旨)

④ 税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜き又は税込み)及び適用税率

⑤ 税率ごとに区分した消費税額等

⑥ 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称


 特にご注意をいただきたいのが、「⑤税率ごとに区分した消費税額等」を記載するために、消費税等の端数処理がルール化されたことです。端数処理は「1請求書当たり税率ごとに1回ずつ」となり、従来、取引品目ごとに消費税等を端数処理してきた売り手の場合、2023年10月以降は、請求書ごとに端数処理する方式に計算方法を変更する必要があります。


 次に、インボイス制度への免税事業者・課税事業者それぞれに求められる対応について、述べていきます。



3.免税事業者について

(1)課税事業者となるか否かの検討

 インボイス制度の導入により、最も影響を受けるのが免税事業者です。


インボイスを交付できるのは課税事業者である「適格請求書発行事業者」に限られ、免税事業者は交付をすることができません。ゆえに、免税事業者は、このまま免税事業者であり続けるのか、それとも適格請求書発行事業者となって消費税の申告納税を行うか、それぞれのメリット・デメリットを考慮して選択することになります。


 免税事業者であり続けることのメリットとしては、消費税申告がないため従来通り消費税分を「益税」として自社の利益にできるところにあります。しかし、デメリットもかなり大きく、ここでは二点挙げてまいります。


一つ目は、前述の通り得意先にインボイスの発行ができず、従来通りの請求書(これを区分記載請求書と言います)を発行し続けていくことにあります。消費税額は表示されますが、「適格請求書発行事業者」ではないので登録番号などの記載ができず、それを受け取った買い手は仕入税額控除の適用ができません。ゆえに、買い手側にとって非常に不利な状況が生じ、益税部分の値下げ交渉や、取引自体の見直しが行われる可能性があるのです。免税事業者側としても、仕入れの際には消費税を負担しているので、売上側の値引き要求に簡単に応じてしまうと利益率の低下を招き、経営問題に発展しかねません。また買い手側としても、同じものならば、仕入税額控除が適用できる「適格請求書発行事業者」から仕入れたいと考えるでしょう。このようなジレンマから、取引排除を回避するために、免税事業者が仕方なく課税事業者を選択をした上で、「適格請求書発行事業者」に登録するというケースが増えるのではないかと思われます。


 二つ目は、免税事業者の要件が原則として「基準期間(原則2期前)の課税売上高が1,000万円以下である者」であるため、インボイスを発行しないということは、自社の年商が1,000万円以下であることを相手に暗に伝えてしまうことになり、これが取引関係上、不利となる可能性も否めないことです。


BtoCのビジネスの場合には、免税事業者であり続ける選択の余地も残されてはいますが、BtoBのビジネスの場合には、上記のようにデメリットが大きくなる場合もあると考えらえますので、免税事業者であり続けるのか、課税事業者となるのかを慎重に検討する必要があります。


 なお、経過措置として、インボイス制度開始後の2023年10月から2029年9月までの6年間は、免税事業者からの仕入れにも一定割合を仕入税額控除とすることが認められています。(※この経過措置についても今後見直しが入る可能性があります)



(2)登録の準備

 免税事業者がインボイスを発行するためには、原則として「課税事業者選択届出書」を提出し、課税事業者となった上で「適格請求書発行事業者」としての登録申請をする必要があります。ただし特例として、登録日が2023年10月1日から2029年9月30日までの日の属する課税期間である場合は「課税事業者選択届出書」を提出しなくても登録を受けられます。なお、2023年10月1日より前に登録申請して登録通知を受けたとしても、登録の効果は登録日である2023年10月1日に生じる形となります。


(3)簡易課税も視野に

 免税事業者が適格請求書発行事業者の登録申請をしようとする場合、いきなり原則的な消費税申告方式である、本則課税方式をとることはハードルがやや高いと考えられます。


消費税の課税形式にはもう一つ、簡易課税方式というものがあり、課税売上高に一定割合(みなし税率)を乗じることで簡便的に消費税額を算出することができ、仕入税額控除のためのインボイス保存が不要となります。免税事業者が課税事業者となる場合、事務負担軽減等のため簡易課税方式を選択するというケースも多くなるものと予想されます。またIT業や不動産賃貸業などのように元々課税仕入が少ない業種の場合、課税売上における課税仕入れの割合がみなし税率よりも低くなることもあり、こういった場合は簡易課税を選択することで本則課税方式よりも納税額が少なくなり、結果的に手取りが増えるケースも考えられます。


 なお通常は、この簡易課税制度の選択は、前期末までに税務署に簡易課税制度選択届出書を提出する必要がありますが、これも特例が設けられており、登録日に係る経過措置の適用を受けた免税事業者が、登録日の属する課税期間中にその課税期間から簡易課税制度の適用を受けようとする場合に「簡易課税制度選択届出書」を提出した場合には、その課税期間の初日の前日に当該届出書を提出したものとみなされ、簡易課税により消費税申告書を提出することができる事になっています(平成30年改正令附則18)。つまり、課税期間の期末までに「簡易課税制度選択届出書」を提出すれば良いことになります。例えば、免除事業者である個人事業主の場合であれば、2023年10月1日が登録日となった場合には、2023年12月31日までに簡易課税制度選択届出書を提出すれば、2023年10月1日~2023年12月31日までの期間分の消費税申告書を簡易課税計算で提出できます(2023年1月1日~2023年9月30日までの期間は免税事業者のため消費税計算はありません)。



4.課税事業者(本則課税)について

 課税事業者であってもインボイスの発行には「適格請求書発行事業者」の登録申請が必要になります。課税事業者だから何もしなくてもインボイス発行事業者になると誤解している方がいますのでご注意ください。また、逆に考えると、課税事業者であってもあえて登録をせず、インボイスの発行をしないということも可能です。

 

(1)売り手としてインボイスを発行する場合の準備

 インボイスを発行するためには「適格請求書発行事業者」の登録をし、次に掲げる事項を記載したインボイスを発行することになります(消費税法57条の4①)。


 ①適格請求書発行事業者の氏名または名称

 ②登録番号

 ③取引年月日

 ④取引内容(軽減対象品目である場合にはその旨)

 ⑤税抜取引金額または税込取引金額を税率区分ごとに合計した金額

 ⑥⑤に対する消費税額等および適用税率

 ⑦請求書等受領者の氏名または名称


 売り手は、買い手から求められたときはインボイスを交付し、写しを保存しておかなければなりません。


 繰り返しになりますが、消費税額等の端数処理は「1つのインボイス」につき「税率の異なるごと」に1回のみとなります。したがって、複数の商品の販売について、一つの商品ごとに端数処理した上で合算することはできなくなります。従来、1つ1つ端数処理を切り捨てることで仮受消費税を減らし、節税をされてきた会社もあるかと思いますが、この場合にはシステムにおける端数処理設定の修正が必要になります。なお、インボイス単位での端数処理は、切り上げ、切り捨て、四捨五入など、任意の方法によることができます(インボイス通達3-12、インボイスQ&A問37)。


適格簡易インボイスの発行

 インボイスには「受領者の氏名または名称」を記載する必要がありますが、小売業、飲食店業、写真業、旅行業、タクシー業または駐車場業などのように、不特定多数を取引先とする事業を営む場合には、簡易インボイス(適格簡易請求書)を交付することができます。これによれば、請求書等への受領者の名称(相手方の名前)の記載の省略が可能となります。


なお、簡易インボイスの場合でも登録番号や税率の記載は必要となることに注意してください。


(2)買い手としてインボイスを受け取る場合の準備

 仕入税額控除にあたり、例外的にインボイスが不要な場合があります。従業員に支給する出張旅費、宿泊費、日当や通勤手当のほか、公共交通機関の料金、個人消費者から業者が建物を買い受ける場合がこれにあたります。


一方で、これ以外については基本的にインボイスがないと仕入税額控除ができないということになり、特に以下の場合に注意が必要です。


・3万円未満の経費等

 従来は3万円未満の経費等については、請求書等の交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由がある場合、帳簿の保存のみで仕入税額控除が認められていましたが、この措置は廃止されることになりました。今後は細かい金額についても、インボイスの積み上げが必要となってきます。


・立替金

 他の者が立替払いした経費精算は日常的に行われていると思いますが、宛名が会社とならないため、その者が受領したインボイスのコピーとともに立替金精算書等の書類をセットで保存することが必要になります。これによりインボイス制度の要件を満たし、仕入税額控除が認められます。

ただし、インボイスのコピーが大量になるなど事務的な事情がある場合には、立替金精算書等の書類の保存だけで良いとされており、その際には仕入先が適格請求書発行事業者か否か、またその登録番号など、インボイス情報の伝達が必要となります(インボイス通達4-2、インボイスQ&A問64)。


・口座振替の家賃

 家賃を口座振替などで支払っている場合、契約書の締結後は毎月決まった日に銀行口座から引き落とされ、請求書の発行がないケースも多いと思われます。この場合は、登録番号などの必要事項が記載された契約書とともに、日付と金額が印字された通帳を保存することにより、インボイスの保存として認められます。


(3)税額の計算方法の変更

 売上税額と仕入税額の計算方法については、インボイス導入後も大きな変化はないものと予想されます。それぞれ原則と例外があり、一見複雑ですが、従来通りの組み合わせに落ち着くケースも多いのではないかと思われます。

 

①  売上税額の計算


 売上税額の計算については、原則「総額割戻し方式」となります。一方で、インボイス(適格請求書等)の保存による「適格請求書等積上げ方式」も可能となります。この積上げ計算は、端数処理で有利になるため、現状でも小売業や飲食店業などにおいて採用されていますが、多くの企業にとっては従来通り「総額割戻し方式」の選択になるのではないかと思われます。


②  仕入税額の計算


 仕入税額の計算は、原則「請求書等積上げ方式」であり、仕入に関するインボイス(適格請求書等)の消費税額を、一件一件積み上げて計算したものとなります。実務上、買い手の会計システムでの消費税計算と、売り手のインボイスの消費税計算とで一致しないケースが発生すると予想され、買い手側での端数誤差の調整が必要と思われます。ただ、現時点ですでに売り手側の請求額に合わせているケースも多いと思われますので、たとえ税額計算が「請求書等積上げ方式」に変更になったとしても、実務上大きな影響はないのではなかろうか、と推測されます。


 仕入税額特例1「帳簿積上げ方式」


 これは、会計システムが自動的に消費税額を計算した記帳金額を採用することで、原則の「請求書等積上げ方式」のような一件一件の確認は不要となると思われます。一方で、取引先の請求書残高と当社の買掛金残高が不一致となるケースも発生すると予想され、債権債務不一致解消のため消費税差額をどちらが負担するのか、確認しておくことが重要となります。

 なお、端数処理が「切り捨て」または「四捨五入」となる点に注意が必要です。


 仕入税額特例2「総額割戻し方式」


 これは現行の申告計算方式であり、総額で1回だけの切り捨てとなるため、仕入税額控除が大きくなるという点で納税者有利の方式です。ただし注意点として、この仕入税額を割戻し計算することができるのは、売上税額を「総額割戻し方式」で計算する場合に限られます。売上税額の計算方式において「適格請求書等積上げ方式」を採用した場合はもちろん、「適格請求書等積上げ方式」と「総額割戻し方式」を併用した場合であっても、仕入税額の計算でこの方式を採用することは出来ません。


おそらく多くの会計事務所では、この「総額割戻し方式」で消費税申告計算を行うことが予想されます。

 


5.課税事業者(簡易課税)について

 簡易課税事業者とは、原則2期前(基準期間)の課税売上高が5,000万円以下で、簡易課税の届出書を提出している事業者のことです。簡易課税適用事業者の特徴として、本則課税事業者のように実際の仕入税額を集計・計算する必要はなく、単純に1年間の課税売上高から事業ごとに決められた一定割合をみなし控除して納税額を計算する、シンプルな算出方法をとります。


 この簡易課税適用事業者については、インボイス制度の影響をほとんど受けないものと考えられます。前述の通り売上高をベースに納税額が決まるため、実際の課税仕入れ(インボイス)を集計・計算する必要がないのです。


6.システム対応で準備すること

(1)消費税の端数処理

 インボイス制度においては、インボイスに消費税額を記載する必要があるため、その消費税額に関する端数処理のルールが定められ、1円未満の端数処理については、「1つのインボイス」に付き「税率ごと」に1回となりました。


 従来は、請求明細書の1行ごとに税抜金額と消費税額を記載し、この1行ごとの消費税額算出において端数処理を行って、その総合計金額を請求書の金額としてきた場合、インボイス適用後は請求明細に記載されるのは税抜金額のみとなり、その税抜金額の合計額に対して税率ごとに1回の端数処理を行うことになります。


 この点につき、販売管理システムの設定変更が必要となる場合がありますが、パッケージソフトを使用している場合は、おそらく制度開始前にバージョンアップがなされ、自動的に計算構造が変わる等、設定を行えるようになると思われます。もし、請求システムがインボイス制度に対応しない場合や、バージョンアップ更新を失念等して計算を誤ったまま請求書発行をした場合には、後日修正の手間を要することになるため、注意が必要です。


なお、請求書発行システムが自社開発システムであり、製造工程と連動していたりしてシステム改修に相当の費用と時間を要するケースには、特に早期の対応が求められます。



(2)電子インボイスへの対応

 インボイス制度の開始により、経理業務にさまざまな変更が求められ、その負担に中小事業者は頭を悩ませるところです。そのため、政府としても対策を講じており、目玉となっているのが「電子インボイス」による請求書のデジタル化です。


 政府はすでに「電子インボイス推進協議会」を立ち上げ、欧州の標準規格である「peppol(ペポル)」をベースに、日本における電子インボイスの仕様標準化を検討しています。


 ぺポルは中小企業から大企業に至るまで幅広く、低コストで利用できることが特徴であり、従来は紙でやり取りしていた請求書を、構造化されたテキストデータとしてやり取りし、社内経理システム(会計システム)へ自動投入されることで、データ連携・システム連携・データ生成などを可能にし、会計処理の効率化が期待されています。


 なお、電子インボイスによった場合、請求IDを引き継ぐことで請求データと入金データの紐付けを定型化し、売掛金の消込の会計処理の自動化なども実現できれば、FinTechによる銀行データとのチェックも含めて、経理業務が相当に省力化されると考えられます。


 

まとめ

 インボイス制度で中小企業の負担が増えると言われていますが、最も影響を受けるのは免税事業者であり、その免税事業者と取引する課税事業者ということになります。制度への対応としては、本コラムを参考にして頂き、自社の立場(課税事業者<本則課税または簡易課税>、免税事業者)を踏まえて論点を洗い出し、対策を検討するとともに、取引先のインボイス対応につきしっかり相互確認をすることが必要です。


一方でインボイス制度は、電子インボイスによる請求入金の経理自動化など、経理業務を一気にバージョンアップできるチャンスでもあります。業務改革の好機と捉え、会計システムを含めた改善に繋げていくことが望まれます。